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zoom RSS (No.3042)タイガー・ウッズとリビエラCC

<<   作成日時 : 2018/02/12 06:04   >>

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 ウッズはGenesis Openを復帰2戦目に選んだ。彼は、会場のリビエラCCには格別の思いがあるという。
 「リビエラに戻って来ると燃える。9−10歳の時に父に連れられて初めてここでトーナメントを観た。何度か観戦した後、PGAトーナメントの予選会に出るようになった。2度目の予選会は15歳の時、Los Serranos Country Clubの南コースだった。生まれて最高の調子で18番ティグランドまで快調に8アンダーで来た時は、PGAツアーに出られると思っていた。こころが、18番ティグランドでヘッドプロが近づいてきて、「既に10アンダーで終えた者が2人いる。この情報が君の戦略に影響すると思うから知らせる」と話しかけてきた。18番はPar5で第二打は池越えでグリーンを狙う。イーグルでプレイオフである。だが、第二打を力んで池に入れてボギー、65だった。翌1992年スポンサー招待で出場して、72,75で回った。それほど悪い出来ではなかった。もう何打かは縮めることもできたと考え、結構満足していた。だけどスコアボードを見てデイビス・ラブ(当時のトッププロ)に17打差も付けられていたことを知った。自分のスコアが満足できるレベルでないことは一目瞭然だった。プロでもそこそこ戦えるかもしれないが、とてもでないがトッププロと比較できるレベルでないのは明確だった。未だ未だ行く先は遠い。言うまでもなく、これがその後の大きなモチベーションになった。当時、ジュニアゴルフで競っていたが、未だアマのトップ大会には出ていなかった。このたった一度の経験で、数多のアマが経験するレベルを跳び越すことができた。そして今まで以上にゴルフを鍛錬しよう、上手くなろうと強く決心した」。
 ウッズは1996年8月にプロに転向した。丁度この時楽老はロンドン生活を始めた。会社の仲間から”LIFE”の表紙を飾るウッズの写真を見せられ、その内ゴルフ界を牛耳るから覚えておけ、と言われたのを昨日のことのように思い出す。

 ベニスが干し上がった。縦横無尽に走る運河の底が露出し、僅かな水が残るのみだ。'super blue blood moon' (超満月とでも言えばよいのか、月が地球に最接近したときの呼称。満月は月1回、年12回発生するが、2−3年に1回13度起こる。毎年の12回にはそれぞれ基督教絡みで固有の名前が付いているが、13回目はBlue Moonと呼ばれる。Blood Moonは皆既月食時に赤く見える月のこと。今回はこの二つが重なった)の引力の作用により、潮位が引き下げられ、結果ベニスの海域から水が無くなったのが直接の原因だそうだ。これに少雨と厳冬が追い打ちを掛けた。ゴンドラは運河の底に泥まみれとなり、運河を渡る水上タクシーも休止、3年連続の出来事のようだ。
 一方、'acqua alta' という水位異常上昇は毎年3−4回起こっている。
 ベニスは小さな町だ。観光の目玉を徒歩で歩き回っても大した距離でない。ティツィアーノ(「田園の合奏」等の有名な絵画は殆どが国外に流出している)、ジョルジョーネ(彼の代表作「眠れるヴィーナス」はドイツにあるが、「テンペスタ」はアカデミア美術館で見ることができる)、ティントレット(代表作「最後の晩餐」はベニス・サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会にある)、ヴェロネーゼ(「カナの婚礼」はルーブルにあるが「レヴィ家の饗宴」はベニスにある)等々を見て歩いたが、宗教画のオンパレードで些か疲れた。
 観光客の増加に伴い、住宅価格、生活コストは高くなり、車が入れないことからの不便さ等々で、1950年代に175,000人いた住民は、現在55,000人程度と言われる。その内生活感のないベニスを観光に行くことになりそうだ。

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