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zoom RSS (No.2854)松山英樹 勝利インタビュー

<<   作成日時 : 2017/08/08 05:54   >>

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 欧米のメディアは、松山の表情に騙されてはならないという。駄目だという表情を浮かべているから、バンカーに打ち込んだのかと思うとピン横4メートルに付けている。
 世界選手権最終日。松山のスタート前の練習を見ていた全員が、彼は駄目だと思ったはずだ。アイアンは左右にぶれ、ドライバーはターゲットと遥か遠くへ散らばっていた。「昨日のラウンド後練習をしてかなり良かったので今朝は自信をもってコースへ来たが、練習のショットは酷いものだった。これほど酷いことは過ってなかった」と松山は言う。不安は1番ティショットを左へ引っ掛けて現実化する。ところがこの時に松山は何かを感じ取った。あれだけのショットとスコアを残しながら、松山は一日中不安だったと言う。61で回った男が一日中不安だって?と欧米のマスコミは騒ぐ。
 松山は、「パットもショットも良いと言うのは難しい。年末年始の連続勝利の好調が続いてほしいと思ったがそうではなかった。だからこそ上手くなりたいと練習に打ち込んできた」というが、マキロイは、「松山は調子づくと物凄いことをやる。上海で勝った後、ここでも勝った。そういう男だよ、彼は。全米プロも優勝争いに絡むだろう」と称えた。
 全英オープンで不本意なOBで敗れ、傷心で日本に帰国。その後会場に近いオハイオで連日打ち込み調整をしてきた。その努力が、スタート前の不調を追い払ったのだ。
 松山と優勝を途中まで争ったチャーリー・ホフマンは16番Par5のセカンドショットで、キャディからレイアップを薦められたが、「2位には飽き飽きしているのだ」と言い捨て、敢然と2オンに挑むもパーに終えた。ここ数週間の彼を見ていると「Good Loser」である。肝心なところで追い越せない弱さがある。だが、無謀とも思えるショットを狙った彼に不安感は見られなかった。次に期待できるか。
 追いつかなかったザック・ジョンソンは、「頭に来たり、興奮したりしていない。最善を尽くしたがそれでは足りなかったということだ。最善かと問われれば、それもまた良いモチベーションとなる。もし、自分の弱さとか欠陥に照準を当てるのは、自分を矮小化させることになる。世界選手権で5位以内ならよかったと言うことじゃないか」と淡々と受け答えした。

 トランプ大統領夫人メラニアはスロベニア出身である。故郷Novo Mestoで1970年、自動車ディーラーで働く父と子供服メーカーの労働者の母の間に生まれ、姉が一人と父の先妻の子供である兄がいる。姉妹は母が仕立てた綺麗な服を何時も着ていたという。後にサバ川沿いの郡都Sevnicaに家族は移り、彼女はデザインと写真を学ぶ。大学は1年で中退しモデルとなる。(大統領選で彼女の経歴に、デザインと建築学の学位を取ったと書かれていて、経歴詐称の疑いが持たれた) 夢見る少女は海外に渡るが、1992-1996の間彼女の消息はミステリーに包まれている。ミラノでモデルとして有名になり、パリへもデビューする。クロアチア語、スロベニア語は元より英語、フランス語、ドイツ語を話す能力はこの頃に培われたのであろう。
 縁あって1996年ミューヨークへ渡る。期待したほど売れなかったが、トランプと出会い有名雑誌の表紙を飾るようになる。2001年にグリーンカードを得て、2006年市民権を得る。彼女がスロベニアのこと、セブニカのこと、生まれ故郷のことを語ることはない。大統領夫人となっても一度も帰国していない。
 セブニカは人口5000人というから大きな町ではないが、トランプ大統領誕生以来、「メラニア」とか「ファーストレディ」と冠の付くビジネスが盛んになり、メラニアに関係する場所を巡る8時間のツアーも組まれている。少なくとも彼女は故郷の町興しには役立っている。 





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